7日、埼玉西武ライオンズの松坂大輔投手が、今シーズン限りでの現役引退を表明した。
松坂投手をはじめ、多くの同世代の選手が活躍したことから、この世代は通称「松坂世代」と呼ばれる。ちなみに松坂世代は、1980年4月2日から1981年4月1日までに生まれたプロ野球選手のことを指す。
そして、競馬界にも松坂投手と同学年の騎手、調教師が存在する。今回は競馬界の松坂世代を紹介していく。
まずは、主な騎手について紹介する。現時点で最も活躍しているのが、戸崎圭太騎手だ。
80年7月8日生まれの戸崎騎手は、松坂投手が第70回選抜高校野球大会を優勝した4日後、大井競馬場でデビュー。デビュー後は、松坂投手に負けず劣らずメキメキと頭角を現し南関東のトップジョッキーの1人となった。
松坂投手がレッドソックスで、メジャー移籍後最多の18勝をあげた08年には、フリオーソで帝王賞(G1)を優勝してG1初勝利。この年は、落馬負傷により1か月近く騎乗できない時期があったものの、トータル306勝をあげ、全国リーディングとNAR最優秀騎手賞に輝いた。
その後、メッツに移籍した松坂投手を追随するかのように、戸崎騎手は13年3月に中央競馬へ移籍。翌年JRAリーディングジョッキーに輝き、今もなお第一線で活躍している。
2人目は、北村宏司騎手だ。
80年7月24日生まれの北村宏騎手は、松坂投手のプロデビューより約1か月早い99年3月6日にデビュー。この年は、新人最多の37勝をマークし、松坂投手同様新人賞などを受賞した。
松坂投手が、日本最多の17勝をあげた06年に、北村宏騎手はダンスインザムードに乗りヴィクトリアM(G1)を優勝。嬉しいG1初勝利を達成した。
北村宏騎手は、現在まで1404勝をあげているが、これはJRA競馬学校を卒業した松坂世代トップの数字である。ただ、北村宏騎手は現在、先月20日の落馬で右足骨折の重傷を負い、休養中だ。
3人目は、高田潤騎手だ。
80年11月3日生まれの高田騎手は、主に障害競走の騎手として活躍。松坂投手が、最多勝と最多敗戦を同時に記録した01年、小倉サマージャンプ(G3)を勝利し重賞初勝利。
松坂投手が、投手ながらホームランを打っているように、高田騎手は障害騎手ながら平地でも活躍。06年にはドリームパスポートとコンビを組み、神戸新聞杯(G2)優勝や皐月賞(G1)2着と結果を残している。
続いては、松坂世代の調教師について紹介する。最初に紹介するのは、松坂世代の調教師で唯一G1を制している松下武士調教師だ。
松下師は、松坂投手がアテネ五輪日本代表のエースとして活躍した04年、安田伊佐夫厩舎の厩務員からトレセンでの生活を始める。
80年12月14日生まれの松下師は、松坂投手が1軍で登板なしに終わった15年に、厩舎を開業。開業から4年後の19年に、レシステンシアで阪神JF(G1)を勝利しG1初制覇を達成した。
2人目は、武英智調教師だ。
武英師は、北村宏騎手や高田騎手の同期で、調教師以前は騎手として活動。騎手では重賞勝利は達成できなかったが、昨年9月にメイケイエールで小倉2歳S(G3)を勝利し、現在は調教師として重賞を3勝している。
3人目は、池添学調教師だ。
80年9月2日生まれの池添学師は、池添謙一騎手の弟。松坂投手は西武ライオンズ(当時)の若きエースと呼ばれていたが、池添学師も名門明治大学馬術部のエース格として活躍した。
G1勝利こそないが、毎年社台系から良血馬を預託されている。また、3月にはスプリングS(G2)を兄謙一騎手騎乗のヴィクティファルスで制するなど勢い十分。ビッグタイトルを獲るのも時間の問題だろう。
今回紹介できなかった松坂世代の騎手や調教師はまだ多数いる。どの方も松坂投手の引退には特別な思いがあったのではないだろうか。
(文=寺沢アリマ)
<著者プロフィール>
大手スポーツ新聞社勤務を経て、編集部所属のライターへ。サラ系・ばん馬のどちらも嗜む二刀流で「競馬界の大谷翔平」を目指すも収支はマイナス。好きな競走馬はホクショウマサル。目指すは馬券的中31連勝だが、自己ベストは6連勝と道は険しい…。