JRA ソダシ吉田隼人騎手の3年前の“決心”とは!? オークス(G1)大本命で “ローカル大将”から名実ともにトップジョッキーへ!

 今年のオークス(G1)における最大の注目馬といえば、無敗で桜花賞(G1)を制したソダシで決まりだろう。その大本命ソダシの手綱を取るのが、デビュー18年目を迎えた吉田隼人騎手だ。

 先週のヴィクトリアマイル(G1)では、10番人気ランブリングアレーで2着。皐月賞(G1)では6番人気ステラヴェローチェを3着に導くなど、ここ最近の大舞台での騎乗ぶりをみると、確かに「ひと皮むけた」と感じる競馬ファンも多いのではないだろうか。

 吉田隼騎手の今年の成績を振り返れば、16日現在で41勝を挙げて騎手リーディングは全国5位。関東に限れば堂々の1位だ。

 とはいえ、東京や阪神などのG1が開催される競馬場ではなく、裏開催のローカル場所で勝利を稼いでいるのでは?と、こうしたネガティブな印象を拭いきれない競馬ファンも多いかもしれない。

 重賞が数多く開催される、東京・中山・阪神・京都の主要4競馬場。トップジョッキーが鎬(しのぎ)を削るこちらに対して、中堅や若手ジョッキーが、いわゆる裏開催のローカルへと活躍の場を求めるケースは多い。そこでワンランク上の騎手が騎乗すれば、白星を荒稼ぎできるのでは?という発想だ。

 結論からいうと、話はそれほど単純ではない。こうした誤解を解くべく、近年の吉田隼騎手の成績を調べてみた。

 吉田隼騎手にとって大きな転機となったのが、デビュー15年目の2018年秋の“決心”だ。

 前年の17年は81勝をマークするも、18年は41勝にダウン。現状を打破するためか、同年10月末から栗東を拠点に調教をつけはじめた。

 活動拠点を関西に移した直後は「美浦でお世話になっている厩舎の方々には申し訳ない気持ちもありましたが、残りの騎手人生を考えて、後悔したくないと思い、決めました」と語っている。

 こうした背景は、JRA公式サイトで発表している騎乗依頼仲介者一覧を確認すると一目瞭然。吉田隼騎手は美浦所属騎手のなかで唯一、競馬ブック栗東所属のトラックマン甲斐弘治氏とエージェント契約を結んでいる。

 つまり、表向きは関東所属のまま、実際は関西所属騎手と同じ土俵に立ちながら、騎乗数獲得に奔走。イチから人脈を作り上げて結果も出しつつ、ここ3年で関西圏の馬主や調教師らの信頼を勝ち得たことで、騎乗数と勝利数を増やしていったのだ。

 事実、吉田隼騎手の努力の成果は、数字をみれば明らかになる。

 18年の騎乗数604鞍の東西割合をみると、関東馬442鞍に対して関西馬162鞍というデータが残っていた。

 ところが19年は騎乗数637鞍のうち関東馬155鞍、関西馬482と一気に逆転。さらに20年は743鞍と100鞍以上の騎乗数アップも目立つが、その割合は関東馬183鞍、関西馬559鞍と、完全に関西圏の信頼を勝ち得たことも伝わってくる。

 そして好調を維持する今年。今月16日まで345鞍に騎乗して、関東馬はわずか53鞍に対して関西馬は292鞍。すでに18年の41勝と並ぶ勝ち星をマークしている。

 勝ち星だけみれば、たしかに吉田隼騎手はローカル場所での勝利数も多いが、それ以外で挙げた勝利数も年々増加している。

 主要4競馬場で挙げた勝利数を合計すると、18年は12勝。この頃は東京と中山で5勝ずつマークするなど、関東圏での活躍が目立っていた。

 19年は8勝止まりも、京都2勝、阪神6勝と関西圏で勝利。ここで地盤を固めていたといってもよいだろう。

 そして昨年、中央場所で記録した勝利数はなんと20勝。東京3勝、中山1勝に対して、京都4勝、阪神は12勝と、もはや“ローカル大将”とは呼ばせない成績を収めているのだ。

 安易にローカル場所での勝利数を評価するよりも、吉田隼騎手が自らの“決心”で美浦から離れ、栗東でイチから信頼と実績を積み重ねた結果、関西騎手よりも多くの騎乗依頼を勝ち取るまでに成長した経緯は、もっと評価されて良いはずだ。

 ご存知の通り、ソダシは栗東・須貝尚介厩舎の管理馬。こうした巡り合わせも、3年前の“決心”と、積み重ねた努力の賜物といえるだろう。

 兄の吉田豊騎手が手綱を取り、あのメジロドーベルでオークス制覇を果たしたのは1997年。当時は中学2年生だった吉田隼騎手も、現在は37歳になった。

 白馬に跨る王子様から王様へ。

 奇跡の白毛馬ソダシに跨り、オークスで2冠を達成したその瞬間、プリンスからキングへと王位継承が認められ、吉田隼騎手は名実ともに、トップジョッキーの仲間入りを果たすはずだ。

(文=鈴木TKO)

<著者プロフィール> 野球と競馬を主戦場とする“二刀流”ライター。野球選手は言葉を話すが、馬は話せない点に興味を持ち、競馬界に殴り込み。野球にも競馬にも当てはまる「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」を座右の銘に、人間は「競馬」で何をどこまで表現できるか追求する。