『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ系)が3月26日で終了し、長い歴史に幕を閉じる。朝のワイドショーの視聴率戦争を戦い続けて22年。その栄枯盛衰をたどってみよう。
危険な賭けに勝ってスタートダッシュに成功
『とくダネ!』が始まった1999年4月はちょうど、浅香光代と野村沙知代の確執による批判合戦、俗にいう「ミッチー・サッチー騒動」の最中だった。各ワイドショーはこれを連日報道し、2人の舌戦もヒートアップしていった。
しかし、『とくダネ!』はどちらか一方に肩入れするようなことを避けるため、この騒動については大きなトピックがない限り放送しないことを決断する。これは、ともすれば視聴率が稼げる“おいしい”ネタを捨てることになりかねない、危険な賭けだった。
しかし、その代わり、政治や経済のニュースなど視聴者が知りたがっている話題を取り上げる。この方針が、その後の好調を決定づけたといっていい。
「芸能人のプライバシーにばかり踏み込むワイドショーに辟易していた視聴者にとって、流れに迎合しない『とくダネ!』は新鮮に映ったのです」(テレビ局関係者)
初回視聴率は7.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。対して、隆盛を誇っていた『ルックルックこんにちは』(日本テレビ系)の同日の視聴率は11.6%と、まだ4ポイント以上の差があった。しかし、この2カ月後、『とくダネ!』は絶対王者『ルック』の数字を抜くことに成功する。
そして、2001年2月の月間視聴率で9.0%と、同時間帯で初めての首位を獲得。その1カ月後、『ルック』は打ち切られた。この後、日本テレビのワイドショーは『スッキリ!!』(現『スッキリ』)が始まるまでの5年間、冬の時代を迎える。
小倉の想いが詰まった総合情報番組
『とくダネ!』が他のワイドショーと一線を画していた点は、他にもあった。まずは、キャスターを務める小倉智昭のオープニングトーク。これは、小倉自身の発案で生まれたものだという。番組開始とともに、いきなりVTRを30分ぐらい流してスタジオに戻すという、従来のワイドショーのやり方を小倉が嫌がったからだ。
司会者のトークで数字が取れるのか、不安視する声もあったが、その懸念は杞憂だった。小倉のしゃべり見たさに視聴率は番組開始の8時から上昇し、トークが終わるまで12~13%程度で推移したという。
また、小倉はスポーツ好きとしても知られる。高校時代は陸上選手で100メートル10秒台、水泳で100メートル1分0秒1という記録を持ち、テレビ東京のアナウンサー時代はスポーツ中継一筋だった。そこで小倉は、当時ワイドショーがあまり伝えていなかったスポーツを大々的に取り上げる。04年のアテネオリンピックでは大会を通して現地に滞在し、『とくダネ!』は1時間を“小倉リポート”に割いた。視聴率は10%を超え、他局のライバル番組を圧倒した。
菊川怜のサプライズ起用が裏目に?
08年には7年連続で月間横並び視聴率トップを記録するなど、死角がなかった『とくダネ!』に陰りが見え始めたのは12年7月。それまでアシスタントだった中野美奈子アナの退社に伴い、当時人気だった女優の菊川怜を抜擢したのだ。これは、関係者も知らないサプライズ人事だったという。
しかし、これが裏目に出る。菊川は簡単な原稿読みもままならない上、小倉との掛け合いもチグハグ感が否めず、視聴者に不満が募っていった。さらに、この12年夏に決定的なターニングポイントがあった。番組開始以来ずっと続いてきた、小倉のオープニングトークがなくなったのだ。
「こうしたアシスタント交代や恒例コーナー撤廃の裏には、この時期、情報制作局長や情報制作センター室長、番組のチーフプロデューサーらが軒並み交代した事情も関係していると言われていますが、定かではありません。また、当時、オープニングトークがなくなったことに小倉は激怒したそうです。いずれにしても、菊川の起用以降に視聴率が減少。初めて、裏の『スッキリ』に負けました。また、12年秋には羽鳥慎一と赤江珠緒による『モーニングバード』(テレビ朝日系)にも、初めて週平均視聴率で敗れたのです」(同)
羽鳥慎一のパネル解説が“決定打”に
それでも『とくダネ!』は『スッキリ』『モーニングバード』と熾烈な争いを繰り広げていたが、15年秋、テレビ朝日に変化が生じる。『モーニングバード』が終わり、『羽鳥慎一モーニングショー』がスタートしたのだ。
「これは、羽鳥と赤江のダブル司会をやめ、情報の発信源を羽鳥ひとりにすることで見やすさを狙うものでした。さらに、16年秋には羽鳥自身が話題のニュースを解説する『パネルコーナー』が新設されました。スタジオいっぱいに広がる巨大パネルをもとに、羽鳥がプレゼンするというものです。この巨大パネルを駆使する手法は、みのもんたの『朝ズバッ!』(TBS系)がルーツです。いずれにしても、司会者自身がパネルで解説するという手法が好調の要因となりました」(同)
さらに、『モーニングショー』は『とくダネ!』が目指した“脱ワイドショー”をより推し進め、特に「政治」を前面に出していく。対して、数字に陰りが見え始めた『とくダネ!』はVTRの尺が長めになるなど、逆に迷走することになる。
「近年は出演者を補強しようと、石黒賢やメイプル超合金・カズレーザー、古市憲寿をスペシャルキャスターに据えるなど、テコ入れを図りました。昨年、一時的に数字が上向いたこともありましたが、結局『モーニングショー』に17年から4年連続で年間視聴率トップの座をもぎ取られてしまいます」(同)
ちなみに、『とくダネ!』のスタート当時、人気があった『ルック』は22年続いた。そして、それを倒した『とくダネ!』の寿命も22年だった。いずれにしても、長きにわたって日本の朝を牽引してきた小倉智昭に、まずはねぎらいの言葉を贈るべきだろう。
(文=編集部)