6日、JRAは『2020年度JRA賞』の各部門受賞馬を発表。年度代表馬にはアーモンドアイが選出され、最優秀3歳牡馬を満票で受賞したコントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)は、牡馬三冠を達成しながらも年度代表馬に選ばれなかった史上初めての馬になった。
無論、矢作調教師や福永祐一騎手ら関係者にとっては残念だろうが、「世紀の一戦」と称された昨年11月のジャパンCを直接対決で敗れたのだから、納得といったところだろう。
ちなみに年度代表馬投票ではコントレイルの44票に対して、アーモンドアイは236票と圧倒的な差をつけられた。ジャパンCでは1馬身1/4差だったが、結果的に大きく明暗を分けることとなった。
言ってしまえば、コントレイルは歴史の不幸な“犠牲者”になったといえるだろう。だが、筆者の勝手な思い込みで恐縮だが、コントレイルを生産した「ノーヒルズ」にとっては、なんとも「らしい」と言えなくもない。
はっきり言ってノーヒルズの物語は、競馬界の名脇役の歴史だ。
1984年に前田幸治さんが「日本一美しい牧場をつくる」という意気込みで前身となるマエコウファームを開設。今でこそオーナーブリーダーとして日本屈指の名門に上り詰めたが、その歴史は常に競馬界の絶対王者・社台グループの間隙を縫うような活躍に過ぎなかった。
1998年にファレノプシスで初のG1制覇(桜花賞)を飾ってから、皐月賞馬ノーリーズン、牝馬ながらに天皇賞を勝ったヘヴンリーロマンス、宝塚記念を勝ったアーネストリーなど、ノーヒルズ軍団の活躍馬を挙げれば枚挙に暇がない。
しかし、ヴィクトワールピサが日本競馬史上初のドバイワールドカップ制覇を成し遂げた2011年。東日本大震災に揺れた日本へ競馬が明るいニュースを届けたものの、トランセンドがその2着に甘んじるなど、ノースヒルズにはどこかバイプレーヤー的なイメージが付きまとうのだ。
そんなノースヒルズの名脇役の歴史の始まりといえる象徴的な珍事が、1992年の産経大阪杯(当時G2)の“迷”実況だ。
「前の2頭なんてどうでもいい――」
この年の大阪杯におけるファンの視線は、前年に無敗で春二冠を達成しながら無念の故障離脱となったトウカイテイオーに注がれていた。ここまでデビュー6連勝、日本ダービー以来の出走となった本馬だが、単勝は1.3倍というズバ抜けた人気だった。
それもそのはず。次走に予定されている天皇賞・春では、現役No.1ステイヤーのメジロマックイーンが待ち受けていた。この戦いは後に「世紀の一戦」と呼ばれ、つまりは昨年のジャパンCに匹敵する注目度だったのである。その前哨戦となる大阪杯は「トウカイテイオーが、どう勝つのか」だけが多くのファンの興味だった。
そして、そんなファン心理を代弁したのが、レースの実況を担当した杉本清さんだ。
最後の直線を迎えた際、カメラは必然的に先頭を争うイクノディクタスとゴールデンアワーを大写しにした。しかし、ファンの興味は、やはりトウカイテイオーに尽きる。そこで杉本さんが思わず「前の2頭なんてどうでもいい!」と叫んだのだ。
結果的にレースはトウカイテイオーが復活の勝利を挙げ、杉本さんの実況はまさにファンの気持ちを代弁することとなった。
しかし、一方で「どうでもよくなかった」のが、イクノディクタスとゴールデンアワーの関係者たちだろう。ゴールデンアワーは、後にコントレイルで三冠オーナーとなる前田晋二さんの所有馬だったのだ。後に、杉本さんは前田さんから「ウチの馬も出てたんだよ……(笑)」とお叱りを受けたという。
そんな前田さんにとってコントレイルの出現は、まさに待ち焦がれた競馬界の主役になれる存在だ。
本馬を管理する矢作芳人調教師は、7冠馬ディープインパクトの正統後継種牡馬として、父に並ぶべく「あと3つはG1を勝ちたい」と公言している。「日本一美しい牧場」から「日本一素晴らしい牧場」へ、取り逃がしてしまった年度代表馬の座は、2021年の最大のテーマとなるだろう。(文=浅井宗次郎)