新型コロナウイルスが三たび感染を拡大させており、日常生活が戻ってくる気配は感じられない。それは大人の世界のみならず、子どもたちの学校生活にも大きな影を落としている。
兵庫県市川町では11月20日に同校の体育館で合唱コンクールを行ったのち、22人が新型コロナに感染したことから、クラスターが発生したと判断し、同月30日まで休校を発表。しかし、さらに3人の陽性者が確認されたことから、12月6日まで休校措置を延長すると発表している。
このように、かつては当たり前のように行われていた行事でさえ、今は簡単に開催することができなくなってきている。そんななか、あるYouTubeチャンネルにおいて公開された動画が話題を呼んでいる。
その動画は、神奈川県川崎市立幸高等学校の合唱コンクールで、あるクラスが中島みゆきの代表曲『糸』を合唱する様子を映したものだ。アカウントの保有者は、動画を公開した理由をこう記している。
「今年はコロナでどこも合唱ができず大変な時代になってきましたが、少しでも元気になってもらおうと1年前のこの動画を出させていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです」
合唱が始まってしばらくは、なんの変哲もない高校生の合唱風景。しかし、1フレーズを歌ったあたりから、会場がざわつき始める。それは少しずつ大きくなり、サビに入る前にはどよめきに変わり、「縦の糸はあなた、横の糸はわたし」と歌う頃には大きな笑い声が出るようになる。
笑いが起きた要因は、指揮を務めた生徒の大胆なパフォーマンスにある。いわば強制参加の学校行事で、特に合唱コンクールの指揮者は、ともすれば“やらされている”感の出やすいものだ。しかし、この動画では、全身を使ってダンスを踊るがごとく指揮をする生徒が映っている。
会場の視線を集め、笑いを取る目的も多少はあるだろう。それでも、最後まで全力で指揮を行い、歌うクラスメイトたちも真剣に声を出している。
動画を見た視聴者からは、絶賛する声が相次いでいる。
「指揮ってこんなに自由で豊かで楽しいものだったんだな」
「大人になった今だからわかる。この指揮者の方は最高にかっこいいよ」
「指揮者の子は物凄い表現者だと思う。いや、みんな凄いけど」
「全員が笑わないで真剣にやってるところを見ると、笑いも起きなくなるまで真剣に、何回も何回もみんなで練習重ねたんだなっていうのがわかる。集中しててすごい。こういうパフォーマンスができるのは本気だからだと思うし、いいクラスだなぁ」
「やっぱり恥ずかしいとか思わずに自分の意思を堂々と貫ける人ってカッコいいよね」
「指揮は独特だけど、真剣さ一生懸命さが伝わってうるっとしてしまった」
そんななか、「指揮者の彼は素晴らしい指揮と思う。クラシックでも大きなアクションは普通だし指揮者で曲は変わるから」と、技術的な意味で指揮者を褒めるコメントがある。そこで、プロの指揮者にこの動画を見てもらった。当サイトで「世界を渡り歩いた指揮者の目」の連載を持つ篠崎靖男氏は、以下のような見解を示す。
客席に転げ落ちるほどダイナミックな指揮をする巨匠も
「僕が指揮者を目指し始めていた高校生の頃、若杉弘先生がラヴェルのボレロ、もともとは舞踊音楽の大傑作を指揮し始めたのを見て、僕は目が釘付けになりました。最初から最後まで、指揮棒を振らずに指揮台の上で腰をくねらせて踊っていたのです。オーケストラだけでなく、観客のすべてが若杉さんの動きを見ながら、ボレロの盛り上がりに大感動しました。
ほかにも、日本のオーケストラの立役者のひとりである山田一雄先生などは、その小柄な体をいっぱいに使うあまり指揮台から客席に落ち、それでも客席から舞台に上がるまで指揮を振り続けていたそうです。
指揮台でジャンプするくらいは当たり前。実際に、僕も若いころはよく跳んでいましたが、世界の大巨匠レナード・バーンスタインなどは、跳ぶのはもちろん、バッハの宗教曲を指揮した時には、急に動きを止めて、キリストの磔の姿、つまり手を広げて首をうなだれた姿で指揮台に直立していたという話も聞いたことがあります。
指揮は、楽器演奏のように決められた奏法で音を出すわけではなく、音を出さないだけに、実際にはなんでもありなのです。
今回、川崎市立幸高等学校の合唱コンクールの学生指揮者をYouTubeで見ても、確かに下半身の動きがユニークとはいえ、会場が大爆笑までしているのが不思議なくらいでした。しかし、一緒に見ていた妻は大笑い。「そんなにおかしいものなのか」と思ったくらいです。
もしかしたら、「学校の合唱指揮は、かくあるべき」というようなイメージがあって、客席の高校生は、この学生指揮者の動きの意外性に笑っていたのか、ただただおかしかったのかどうかは、かえって本業の指揮者にはわからないのかもしれません。
プロのオーケストラの演奏会であんな動きの指揮者がいたとしても、うまくハマりさえすれば、観客はその指揮を楽しむでしょうし、音が無ければ実は指揮なんて変な動きをしていることばかりなんです。
そこで思い出したことがあります。ロシアのサンクト・ペテルブルク音楽院の指揮科で、多くの世界的指揮者を育てた故イリヤ・ムーシン教授から教わった“大切なこと”です。それは「自分の指揮が、オーケストラからどう見られているのかを考えなさい」というものです。これは指揮者にとって、ものすごく大切な教えなのですが、どんなやり方であれ、指揮台の上で躊躇せずに演じ切ってオーケストラを納得させてしまえば、この学生指揮者のように成り立ってしまうことを意味します。
お笑いのコントで、少しでも恥ずかしがる気持ちを出してしまうとダメになってしまうのと同じで、この学生指揮者は最初から最後までやり切ったことで、さまざまな意見云々の前に、YouTubeを見た人に感動を与えているのだと思います。
ただ、合唱する生徒のなかにも笑ってしまってついていけなかった人がいたために、ところどころ一同で盛り上がれない場所があったことは確かです。リハーサルからこのような指揮をしていなかったのだと思いますが、指揮者の高校生自身も『ふざけているように見えるかもしれませんが最後クラっとしてしまうくらい全力でやらせていただきました!』とコメントしており、かっこいいです。
さらに、『この動画の伴奏者、合唱者が不快になられますコメントはお控え願います』という言葉に、高校の大事な仲間たちに対する友情を感じ、やはり音楽を一緒にすることは、凄い力があるのだと思いました。
最後に、この高校と同じ川崎市のある中学校において、今年も合唱コンクールが開かれ、僕も会場に居合わせる機会がありました。舞台に上がる前と下りた後には消毒し、舞台上ではマスクを着用しての歌唱でしたが、『今は、それでもいいんじゃないか』と思いながら、感激しました」
とかく日本の学校では“お行儀の良い、目立たない”行動を取る生徒が多く、人目を引く行為をすると叩かれがちだ。そんななか、大胆に全身を使った指揮をして「最優秀指揮者賞」を受賞したという当該動画の生徒に賛辞を贈りたい。
(文=編集部)