10月に入り、秋クール(10~12月)の連続ドラマが続々と始まっているが、注目しているのは、コロナ禍の現在をどう描くかだ。
夏クールの作品の多くが春クールに放送予定だった作品がスライドする形で放送されたこともあり、野木亜紀子脚本の『MIU404』(TBS系)以外は、コロナが存在しない2020年のパラレルワールド(平行世界)を描いたような作品ばかりとなり、どうにも居心地が悪かった。
そろそろ、コロナ禍の日常を踏まえたドラマが出てきてほしいのだが、今のところ、連続テレビ小説『スカーレット』(NHK)が高く評価された水橋文美江が脚本を手がける『#リモラブ ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)が、コロナ禍の恋愛を真正面から描いている。
遊川和彦と柴咲コウが5年ぶりにタッグ
一方、違うやり方でコロナ禍に切り込んでくれそうなのが、日本テレビ系で土曜夜10時から放送されている遊川和彦脚本のドラマ『35歳の少女』だ。
物語は1995年から始まる。10歳の少女・時岡望美(鎌田英怜奈)は、自転車のブレーキ事故で大怪我をして昏睡状態となり、長い眠りについてしまう。それから25年後の2020年、望美(柴咲コウ)は目を覚ます。時岡家は望美の事故が原因で両親が離婚し、家族はバラバラとなっていた。母の多恵(鈴木保奈美)は、望美のために、父の今村進次(田中哲司)と妹の愛美(橋本愛)、そして望美の幼馴染で初恋の人だった広瀬結人(坂口健太郎)を家に招待するが、結人は望美に対してつらい現実を突きつける。
遊川和彦は『女王の教室』(日本テレビ系)や『家政婦のミタ』(同)といったヒットドラマを手がけた脚本家で、主演の柴咲コウとは2015年の『○○妻』(同)以来、5年ぶりのタッグとなる。近年は『ハケン占い師アタル』(テレビ朝日系)や『同期のサクラ』(日本テレビ系)といった会社を題材にした作品が続いていた遊川だが、今回の『35歳の少女』は『家政婦のミタ』を筆頭とする、遊川が得意な寓話型のホームドラマだ。
モチーフが変化しても、遊川の作風には共通点がある。それは、時代をえぐる鋭い視点と、主人公を徹底的に追い詰める地獄の底を這うようなストーリー展開だ。
多くの作品は徹底的に底まで落ちた後で奇跡の復活劇を遂げるのだが、まれに底の底まで堕ちて戻ってくることができない暗鬱とした作品もつくってしまうのが、遊川の作家としての業の深さである。『○○妻』はどちらかというとバッドエンドの作品だったため、『35歳の少女』も救いのない終わり方を迎える可能性もあるが、そのどっちに転ぶかわからない展開も含めて目が離せない。
『家政婦のミタ』は、謎の家政婦・三田灯(松嶋菜々子)が派遣された阿須田家が、三田の手によって一家崩壊に追い込まれた後に再生していく様子を描いた異色のホームドラマだったが、東日本大震災が起きた2011年に放送された作品だった。
劇中には震災に関連した会話やエピソードこそ出なかったものの、母を失ってバラバラだった阿須田家がロボットのような家政婦・三田と関わることで再生していく様子に震災以降の日本を重ねた視聴者が多く、だからこそ大ヒットとなった。寓話的な物語を通して現代を描くのが遊川のスタイルだが、この『35歳の少女』も、1995年に意識を失って2020年に目を覚ました望美の姿を通して、この25年間の日本の変化と2020年の現在を描こうとしていることは間違いないだろう。
遊川和彦は2020年の現実をどう描くのか?
ただ、そう考えたときに、観ていて気になるのは劇中の2020年の描き方だ。時代の変化をはっきりと描きたいのであれば、街中を歩く人たちが全員マスクをしているという光景を強調するのが一番だが、不自然なくらいマスクをした人間が登場しない。
また、望美の幼馴染で、小学校の教師だったが、今は教師を辞めて代行業(結婚式や葬式に親族のふりをして参列したり、恋人の代わりとしてデートをする仕事)で食いつないでいる結人は、目覚めた望美に対して「今はお前が夢見てたような未来じゃねえんだよ」「温暖化やら差別やら原発やらいっぱい問題があるのにそういうものには目をつぶってみんな自分が得することばっかり考えてんだよ」と現実を突きつけるのだが、ここでコロナについてまったく言及しないことが不自然で、逆に気になった。
もちろん、『家政婦のミタ』のように劇中では言及せずに寓話型のホームドラマとして描ききる可能性も大きいのだが、もしかしたら劇中の世界は望美が見ている夢で、最終話で本当の(コロナ禍の)現実で目を覚ますといったアクロバティックな展開を用意しているのかもしれない。
いずれにせよ遊川が書く以上、一筋縄でいかないことは確かだろう。物語は、バラバラの家族がひとつになり、10歳の心のまま大人になった望美が社会復帰していく過程を感動的に描いている。だが、本作の本領は、家族再生の物語を描ききった、その先にこそあるはずだ。震災という現実に必死で食らいついてきた遊川ならではの、コロナ禍のドラマを見せてほしい。
(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)