朝日新聞編集委員の北野隆一氏は9月2日、日韓記者・市民セミナーで「朝日新聞の慰安婦報道と裁判」というテーマで講演を行った。8月に『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』(朝日新聞出版)を上梓した北野氏は、朝日新聞の慰安婦報道をめぐる訴訟、慰安婦問題の論点、国際社会への影響について語った。
セミナー終了後は質疑応答が行われ、前編では、安倍晋三政権の対韓政策の総括や次期首相就任が濃厚な菅義偉官房長官の外交政策などについてお伝えした。
今回は、吉田証言と慰安婦報道についての部分をお伝えする。旧日本軍が慰安婦を強制連行したという吉田清治(故人)の証言について、朝日新聞は2014年に虚偽であることを認め、関連記事16本を取り消した。波紋を呼んだ一連の騒動は、なぜ起きたのか。
記者の証言とアリバイ
――吉田証言に関する記事はどういう過程で執筆され、掲載されたのでしょうか。
北野隆一氏(以下、北野) それはよくわかりません。朝日新聞社の吉田証言に関する慰安婦報道の検証に、私が携わらなかったこともあります。もうひとつは、情けない話なのですが、吉田清治が強制連行したとする証言を最初に報じた記事「朝鮮の女性 私も連行」(1982年9月2日付大阪本社朝刊)の執筆者を、現在に至るまで特定できていません。
最初は、この人だろうと想定して、会って話を聞いたところ、「確かに私が書いた」との証言を得られました。ところが、いろいろと調べていくうちに、この記者は韓国に行っていてアリバイがあり、記事を書いていないことが明らかになったのです。では、別の方かと調べていくと「そうかもしれないなぁ。よく覚えていないが」という証言もありましたが、最終的に調べると、この記者でもなかったのです。
この記事を執筆されたと目された記者は、後に大変な攻撃を受けました。ただし、最初に有力視された記者は吉田清治を取り上げた記事を署名入りで書いているため、吉田証言を取り上げています。
記事を執筆した経緯についても、細かい記録が残っていません。その日その日で流れていく新聞作成作業の中で、どういうプロセスで執筆したかについては、朝日新聞社第三者委員会で証言をもとに掘り下げ、いろいろと特定する作業をしなければなりませんでしたが、30年以上前の話でしたので、もどかしい思いもありました。
ただ、後輩として言わせてもらえば、後から証言の危うさがあれば、そのときにきっちり収めてほしかった。確かにそのときはわからなかったかもしれないですが、歴史家の秦郁彦さんから92年当時に「吉田氏は相手にしない方がいい」と指摘されたときに、実際に相手にしない方が良かったのです。吉田証言の虚偽がじわじわと効いて30年後にとてつもなく大きくなり、朝日新聞の屋台骨を揺るがす事態になった。
基本的に報道はやりっぱなしが多いのですが、後から検証し、後始末をする立場になってみると、ないものねだりではありますが、そのときの担当者がきちんとチェックしてほしかったという思いはあります。
――吉田証言の検証についての流れを教えてください。
北野 朝日新聞は吉田証言について16回報道しています。秦氏から「相手にしない方がいい」という指摘を受けた5年後の97年に、証言について「真偽は確認できない」と検証しました。2014年の特集記事で「証言は虚偽」と判断し、記事を取り消しました。実は、1997年の検証経緯でも「証言は虚偽であり、訂正まではいかないにしても、吉田証言を取り上げたのは誤りだった」という議論があったことも、朝日新聞社第三者委員会の検証で明らかになっています。
ただ、その97年の検証記事には参画していませんが、後の北朝鮮報道検証記事も行った際、参画しています。拉致問題について朝日新聞社は冷淡だったのではないか、50年代から84年にかけて行われた北朝鮮帰還事業に伴う北朝鮮報道に問題があったのではないか、という批判にこたえるために行いました。
いずれも90年代から2000年代にかけて行い、記事については見開き2ページを使い、当時の報道とその誤りや時代背景について執筆しました。97年の検証や北朝鮮記事の検証については、当時はツイッターなどのSNSもなく、それほど大きな反響はありませんでした。
しかし、朝日新聞の慰安婦報道や北朝鮮報道はおかしいのではないか、という批判も相変わらずくすぶっていました。朝日新聞としてはおおむね批判にこたえられたと考えていましたが、日本社会もネットが普及して大きく変わり、朝日新聞社の批判が盛り上がり、従来通りの対応で対処しようと試みましたが、それがうまくいかなかったと考えています。
放置できなくなった慰安婦問題
――朝日新聞の吉田証言の掲載が1982年、それから10年を経て、秦氏が吉田証言の真偽について疑義を申し立てましたが、この10年間、何か動きはあったのでしょうか。
北野 日本社会としても、慰安婦問題を放置できなくなったのだと思います。91年暮れに、金学順(キム・ハクスン)と匿名の元慰安婦が日本政府を相手取って東京地裁に訴訟を起こし、国内外でそれなりに報じられました。
また、朝日新聞が翌92年1月11日の朝刊1面で「慰安所 軍関与示す資料」と報じました。これは、吉見義明・中央大学教授(当時)の研究結果です。宮沢喜一首相(当時)が訪韓する直前の報道で、結果的に宮沢首相は謝罪に追い込まれました。
これについて、保守派からは慰安婦問題を放置することはできないという考えが起き、西岡力・麗澤大学客員教授らが保守系新聞や論壇で慰安婦問題で疑わしい事項を指摘し、吉田証言についても疑義が提起され、同年に朝日新聞社も「真偽は確認できない」と検証しています。
それまでは、日本政府も保守派も、それほど対処すべき事項と考えてはいなかったのではないかと受け止めています。
(構成=長井雄一朗/ライター)