河瀬監督の作品や日常には、一貫して「生きる」というテーマがあるように思う。生きるとは、自然体であるということ。生きるとは、普遍的な価値を慈しむこと。めでること。生きるとは、刹那の喜びと、重ねた歳月の重みをリスペクトするということ。その思いを、広く世の中と、そして世界の人と共有するために映像と、真摯に向き合う。作品を通して、人と深くつながりたいと願う。
そうした彼女のスタンスは、ビジネスの世界にも通じるものがあるはずだ。「見えないものこそを、大切に撮りたい」と、彼女は言う。自分でも見過ごしがちな微かな感情の揺らぎであったり、なにげない日常の中にある、素朴な喜びや深い哀しみであったり。その先に祖母が遺した「この世界は、美しい」という言葉の意味を読み解く何かがあると信じているからだ。
毎月の新月と満月の日に、彼女は決まって今は亡き祖母の墓前に赴く。月の満ち欠けのハザマで、彼女は「生きること」と向き合い続けている。10月23日に公開予定の最新作「朝が来る」に続いて、2021年の東京2020オリンピック競技大会の公式映画の監督も務める 河瀬監督に「この時代を生きることの意味」を、シリーズで尋ねてみたい。
映画製作は、チームワーク
映画監督という仕事に流れ着いたというか、たどり着いたきっかけはものすごく単純で、それは「自分一人でやる仕事ではなくて、みんなで何かをつくり上げてみたい」という18歳の頃の思いが原点なんです。編集者でもいいし、テレビの仕事でもいい。みんなで集まって、みんなでワイワイと意見を寄せ合って、なにかが形になった瞬間って、最高じゃないですか。
なにもそれは、映像世界だけのことじゃない。メーカーでも、金融業でも、どんな仕事であれ、そこがダイナミズムというか、最もワクワクすることだと思うんです。その原点は、やっぱり高校時代にあるような気がします。
原点は、奈良の高校時代
分かりやすいエピソードからお話しするなら、私、ずっとバスケ部にいたんですね。バスケって、当たり前の話ですがチームプレーじゃないですか。みんなで、ゴールを目指しパスを回すストーリーを組み上げていく、みたいなあのドキドキ感を、大人になっても味わってみたい、と単純に思ったんです。加えて、私が通っていた奈良の高校では、文化祭と体育祭が同時開催されるんですね。体育祭の方は、クラスとは関係なく四つのカラーに分かれていて、それぞれに応援団がいる。私は副応援団長だったんですけど、なんだろう、仲間にエールを送るって、こんなにワクワクすることなんだ、と思っていました。
一方、同時開催される文化祭は、クラスごとに露店を出して、仕入れから販促プランまでを生徒だけで仕切って、その売り上げを競うみたいな体験をさせられるんです。世の中というのは、チームワークとビジネスメソッドの掛け算で成り立っているんだ、ということに、なんだかものすごくときめいちゃったんです(笑)。
ビジネスメソッドとは、つまり「読み、書き、ソロバン」ということ
私は経営者ではないし、経営学にも疎いのですが、ソロバンは重要だと思いますね。私が思うソロバンとは「お金もうけ」のことでも「財務体制の強化」といったことでもないんです。
どうしたら愛するチーム全員がハッピーになれるのだろうか。いい作品をつくったからといって、それが必ずしもビジネスとして成立するわけではない。この作品に社会的な価値をつけるにはどうしたらいいのだろう?表現と同時に、常にそのことは考えています。
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月満ち欠けに合わせ、新月→上弦→満月→下弦の日の朝8時より新作映画「朝が来る」のオンライントークを配信中。
最新作「朝が来る」公式HPは、こちら。