パチスロを打ち始めて間もなかった平成元年の夏、大阪の此花区というところに住んでいて、最寄りの阪神電車千鳥橋駅前の商店街の小さな店にチャレンジマンがあった。
「ビッグ成立まで出っぱなし!! 夢のジャンボフルーツ!!」
雑誌で目にしたセンセーショナルなキャッチコピーに踊らされ、幾度となくチャレンジした。しかし、連戦連敗。夢破れて肩を落とすことしきりだった。
そんな引き弱な自分を哀れに思ったのだろうか。ある日の夜、沖田浩之似の「シュッ」とした店員が耳打ちしてきた。
「あかんなぁ。勝ちたかったら、朝からおいでや」
何のことかと思ったが、「…もしや」と閃き、翌朝にさっそく朝イチから挑んでみた。すると、なんと。リーチ目が出た状態で置かれた台が何台もあったのだ。
打ち込み機を使ってボーナスフラグを立てておき、朝から来た客が一発で揃えることができるという、当時のパチスロでのサービスの定番「モーニング」。
この店の場合、リールが回るタイプの打ち込み機を使っていたらしく、フラグが成立して打ち込み機が停止した際の出目を、そのまま放置していたのである。
リーチ目表が掲示されていないからだろうか。他の客の動向を観察していると、どうやらみんなそのことには気づいていない模様。
「これ、めっちゃオイシイやないか」
翌朝からさっそく、同居していた彼女や同じマンションに住むバンドメンバーたちを引き連れ、モーニングを取り漁った。
まぁ、先述のとおりチャレンジマンにおける主役はジャンボフルーツであり、BIGは「360枚小役」みたいなものだ。
さらに言うと、現代のマシンのように「BIG消化後はART当選のチャンス」みたいなこともなかった。
それでも毎朝、みんなで確実にモーニングを取れるのは色んな意味でオイシく、なにより楽しかった。
しかし、そんな夢のような状況も長くは続かなかった。
店が我々の行動に気づいたらしく、モーニングは廃止。代わって、前日にフルーツで閉店を迎えた台を何台か据え置いておき、朝イチでBIGを早く当てた人に打たせるという新たなサービスが始まった。
当初は何度かチャレンジした。が、集中メインでBIGの確率が重く、一度も夢のフルーツ台を射止めることなく撤退となった。
以来、チャレンジマンからは遠ざかっていたのだが、攻略プロをやっている知り合いから、寝耳に水の情報が入った。
「左ボタンを押した瞬間に8枚役が抽選されるんやけど、周期性があってな。それをメトロノームでタイミングとって狙うんや」
のちに伝説として語り継がれることになる、パチスロでは初となる体感器攻略法である。
「ネタと機械込みで7万。どうや」
そんな風に勧めてくれたが、その頃の自分はポンと7万円を出せる余裕もなく、返事は保留した。
話を聞いた数日後、気になって例の駅前の店のチャレンジマンの様子を見に行ってみた。すると、以前には無かった「ピリッ」とした空気がシマに漂っていた。
用心棒と思われるパンチの効いた強面のお兄さんが2人、シマの端に仁王立ちして客の手元に目を凝らしていたのである。
「せやねん。あちこちでボコボコにされて追い出されたって話や。もうチャレンジマンはヤメといた方がええなぁ…」
例の情報をくれた知人は、受話器の向こうでそんな風に溜息をついた。
まぁ、そんなこともあって、自分は結局、体感器攻略に手を染めることはなく、のちにパチスロ必勝ガイドに掲載された実戦記をワクワクしながら読み耽るのであった。
(文=アニマルかつみ)