5月31日、東京競馬場で日本ダービー(G1)が開催され、コントレイルが無傷の5連勝でレースを制し世代の頂点に輝いた。ダービーとは「ホースマンの夢」と言われるほど、競馬にかかわるすべての人にとっての悲願である。
府中の熱戦から3日後、大井競馬場では東京ダービー(S1)が開催された。同レースも、南関東クラシック第2戦でれっきとしたダービーであり、南関東のホースマンの夢である。
3日に行われた東京ダービーは9番人気の伏兵エメリミットがレースを制し、鞍上の山口達弥騎手はデビュー17年目にして初の重賞勝利がダービー制覇となった。レース後には「自分にとって初重賞制覇となったのは、たまたま。ダービージョッキーになったという実感はまだないですね」と驚き交じりに喜びを語っている。
その一方、「大井の帝王」的場文男騎手のモンゲートラオは8着に敗れ、悲願のダービー制覇はお預けとなった。
的場文男騎手は大井競馬リーディングを21回獲得、地方競馬最多の通算7300勝を超える勝ち星を挙げているレジェンド騎手。そんな大井の帝王も不思議とダービーとは縁がなく、これまでに38回挑戦するも、一度も勝利したことがないのだ。2着は10回もあるが勝ちきれないことから「大井の七不思議」とまで言われている。
今年も悲願達成に至らなかった的場騎手は「ダービーは勝てないようになっているのかな」と漏らすほどだった。
「ダービーだけは勝てない」という逸話で思い出されるのは、中央競馬では武豊騎手だろう。
1996年の日本ダービー。当時、数々のタイトルを手にし、天才の名をほしいままにした武豊騎手だが、ダービーのタイトルだけはまだ手にしていなかった。1番人気ダンスインザダークの手綱を取る武豊騎手には、当然初のダービー制覇の期待が高まった。
レースは抜群の手ごたえで最後の直線に入ると、残り400mで抜け出しを図る。後続を突き放し勝利を目前にしたところで、外から猛然と追い込んできたフサイチコンコルドに差され、クビ差の2着に惜敗。あと一歩のところで、ビッグタイトルを逃してしまったのだ。
このときフサイチコンコルドに騎乗していたのは藤田伸二騎手。まさか4年後輩のジョッキーにダービー制覇で先を越されるとは武豊騎手は思いもしなかっただろう。
「武豊はダービーだけは勝てない」と言われるようになってしまった。だが、その2年後に武豊騎手はスペシャルウィークで見事ダービー制覇を成し遂げる。それから22年、今となっては最多の5勝を誇るダービージョッキーだ。
的場騎手も今年は山口騎手に譲ることになったが、きっと近いうちにダービージョッキーになれるだろう。とはいえ、御年63歳の年齢を考えるとそうチャンスは多くはないかもしれない。是非とも来年こそは悲願達成することを願いたい。