NHK“リモートドラマ”に感じた可能性と限界…コロナ後のドラマ制作はどう変わるのか?

 新型コロナウイルスの影響で映画やテレビドラマの撮影が軒並みストップしている中、にわかに盛り上がりを見せているのが、Zoomのような映像会議アプリを用いたリモート撮影によって撮られた作品だ。

 演劇では、三谷幸喜の出世作『12人の優しい日本人』の朗読劇『12人の優しい日本人を読む会』を配信、映画では『カメラを止めるな!』の上田慎一郎が、同映画の出演者が再集結した『カメラを止めるな!リモート大作戦!』を制作、行定勲監督も、若者の群像劇を映画化した『きょうのできごと a day on the planet』のコロナ禍バージョンとして、『きょうのできごと a day in the home』を無料配信した。

 どの作品も、急遽作られたゆえに粗い部分もあるが、コロナ禍に対する作り手のリアクションとして興味深いものだった。ほかにもさまざまなコンテンツがリモート撮影で生まれつつあるが、テレビドラマでは、先日NHKで『今だから、新作ドラマ作ってみました』というリモート撮影によるオムニバスドラマが3作放送された。

 このドラマは、打ち合わせからリハーサル、本番収録までキャストとスタッフが一度も直接対面することなく作られたもので、第1夜が「心はホノルル、彼にはピーナツバター」という婚約中のカップルのドラマ。

 神林五郎(満島真之介)と森本千明(前田亜季)は春にハワイで挙式を予定していたが、開催中止となってしまう。その後、ビデオチャットでラブラブトークを繰り広げているのだが、ちょっとした行き違いから破局の危機へと発展する。脚本はドラマ『毒島ゆり子のせきらら日記』(TBS系)の矢島弘一。

 第2夜の「さよならMyWay!!!」は、40年連れ添った宍戸道男(小日向文世)と宍戸舞子(竹下景子)の夫婦の物語。ある日、脳卒中で亡くなったはずの舞子が幽霊となって道男にビデオ電話をかけてくる。舞子は生前に言えなかった愚痴を道男に言い、離婚届を突きつけてくるのだが、そこから物語は意外な方向へ。脚本は映画『闇金ドックス』シリーズの池谷雅夫。

 そして、第3夜として放送されたのが「転・コウ・生」。シバサキコウ(柴咲コウ)、むろつよし(ムロツヨシ)、タカハシイッセイ(高橋一生)と、シバサキの飼い猫「のえる」の心と体が入れ替わってしまうという、3人が本人役を演じるコメディテイストの異色作で、タイトルは先日亡くなった大林宣彦の映画『転校生』をもじったものとなっている。脚本は、柴咲たち3人が出演した大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK)の森下佳子。

リモート撮影の可能性と限界

 どれも短い制作期間で、リモート撮影でできることを追求した意欲作だったが、映像に関してはまだまだ改善の余地があると感じた。どの作品も離れた場所にいる登場人物のモニター越しの映像と家の中の様子を撮影した映像が交互に入れ替わるのだが、それだとZoomの映像が持っている複数のモニターが並んでいることの独自性のようなものがあまり活かされていないと感じた。かといって、カットが切り替わるときに映像的な快楽があるわけではないため、だんだん映像が単調に見えてくるのがつらかった。

 それでも「転・コウ・生」は登場人物が人間3人と猫1匹と多く、たとえば柴咲コウがムロツヨシを演じるおもしろさのようなものがあったのだが、逆に言うと、それくらい複数のアイデアを投入しないと「作品としてもたない」ということなのだろう。現状に対する批評的な台詞も含め、森下佳子の脚本の巧みさこそ感じたが、逆にリモートドラマにできることの限界を見せられたようにも感じた。 

 幽霊譚や入れ替わりネタのようなアイデアは一度限り有効な飛び道具みたいなもので、今後、同じことを続けるのは難しいだろう。

 その意味で、実は一番可能性を感じたのは、第1夜の「心はホノルル、彼にはピーナツバター」の方向性で、映像としてどうこうは別にして、今起こっている夫婦や家族の日常をそのまま見せたほうが、下手にSFやファンタジーに寄せるよりも、ドラマチックでおもしろいのではないかと感じた。

 東日本大震災以降に登場したドラマでも、同じことが起きていた。たとえば、坂元裕二脚本の『最高の離婚』(フジテレビ系)は震災で帰宅難民になったことをきっかけに結婚した夫婦の姿を描いた恋愛ドラマだったが、震災以降の日常を丁寧に描いたことで、よくある恋愛ドラマに収まらない社会性を獲得していた。

 今後リモートドラマを作るのであれば、私たちの日常に起きている変化、たとえば外出時に多くの人がマスクをつけていたり、他人との距離を常に気にする心境、恋人と抱き合うときに濃厚接触ではないかと思ってしまう、私たちが感じている気分や状況を丁寧に描ければ、コロナ以降のドラマとしておもしろくなるはずだ。そこで問われるのは、今のコロナ禍を一時的なものと捉えるのか、今後変質する新しい日常と捉えるのか、という作家としての判断である。

 リモート作品の多くは「こんなときだからこそ」というスタンスで作られていたが、そろそろ「新しい日常」を見据えたドラマを作ってもいいのではないだろうか?

(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)