このところ、毎年冬は医師や刑事のドラマばかりで重いムードのものが多い。とりわけ今年ほど揃ってしまうと、さすがに視聴者も食傷気味になってしまう。実際、SNSには「もっとカラッとしたドラマが見たい」「何も考えずに笑って見られるものがない」などの声が飛び交っていた。
その意味で好き嫌いこそハッキリ分かれるものの、笑い、しかも“バカ”に特化することで差別化に成功しているのが『女子高生の無駄づかい』(テレビ朝日系)。「女子高生たちのキラキラとした姿ではなく、ハナクソみたいな現実の日々を描く」という突き抜けたコンセプトは、いい意味で浮いている。
同作は原作漫画があるほか、昨年アニメも放送・配信され、多くの人々を笑わせてきた人気コンテンツ。しかも「コメディ漫画の実写化は難しい」と言われることもあって、現在でも「イメージと違う」「笑えない」という批判も散見される。
しかし、「バカバカしいのに、なぜか見てしまう」「時々、声を出して笑っている自分に気づく」などの声がジワジワと増えているのも事実。ここでは、視聴者がハマっているポイントに焦点を当てつつ、コメディ漫画の実写化についても掘り下げていく。
開始6分で3つ目のエピソードに突入
2月21日に放送された第5話の冒頭シーンは校門。朝の“あいさつ運動”で生徒との交流を図ろうとしている教頭(大倉孝二)の後ろで、ヒロインの“バカ”こと田中望(岡田結実)が反復横跳びをしながら登校中の生徒にあいさつをしていた。
どうやら、「あいさつをしながら本当の運動もしている(つまり、あいさつ運動)」ということらしい。それを見た教頭は怒るのではなく、負けじと縄跳びをしながらあいさつをするが、“バカ”は腕につけていた重りを外し、スピードアップして圧倒した。
直後、教室のシーンに変わり、画面右下に「むだげ」というタイトルが表示される。“バカ”は突然、“ヲタ”こと菊池茜(恒松祐里)と“ロボ”こと鷺宮しおり(中村ゆりか)に「ウチ、毛深くなりたい」と宣言。「毛は身を守るために生えているから、心臓を守るために胸毛をボーボーに生やしたい」らしい。
“ヲタ”が「女性は胸の脂肪がクッションになるからいらない」と言うと、“バカ”は「クッションの役割を果たせていない女もいるでしょうが!(自分の胸を指しながら)ココに!」と怒り、「もうダメだ。ウチの体は心臓を守る気がサラサラないんだ……」と落ち込んだ。
さらに舞台は保健室に変わり、画面右下に「なやみ」というタイトルが表示され、“ヤマイ”こと山本美波(福地桃子)が登場。ここまで放送開始からわずか6分程度であるにもかかわらず、3つ目のエピソードに入るハイテンポが当作の売りとなっている。
そのハイテンポが意味するものは、欲張って爆笑を狙うのではなく、「ウケなかったら次のネタをどうぞ」という切り替えの速さであり、ハードルの低さと言えるかもしれない。「スベっても、まあいいか」というゆるいムードが常にあるのだ。当作が醸し出す不思議な世界観は、そんなハイテンポとゆるいムードという真逆の要素を両立させたからだろう。
その後も、「かこ」「ちゅうさい」「連続ドラマ内小説『ロボっこ』」「ゆうじょう」などの細切れのテーマを次々に放送。メインのストーリーがなく、女子校の日常を描いた各シーンをつないでいくだけだから、頭と体をゆっくり休めたい金曜夜のイージーウォッチングにフィットする。
回を追うごとにかわいらしく見える理由
当作最大の魅力は、極端なキャラクターの女子高生たち。
すがすがしいほどのバカで問題児の“バカ”、漫画家志望だが才能が壊滅的な腐女子“ヲタ”、天才だが感情が死滅した“ロボ”、全身に包帯や絆創膏を巻いた中二病の“ヤマイ”、どんなことも真に受け止めてしまう“マジメ”、見た目の幼さを気にして必死に虚勢を張る“ロリ”、人見知りのコミュ障でオカルト好きな“マジョ”、スタイル抜群だがオスアレルギーを持つ“リリィ”。
極端なキャラクターばかりであるにもかかわらず視聴者に受け入れられているのは、彼女たちが流行に敏感な「キラキラ女子高生」ではなく「意識低い系女子高生」だからだろう。それどころか、女子高生としての青春をいたずらに消費していく彼女たちが、回を追うごとにかわいらしく見えてくる。
もちろん、主演の岡田結実を筆頭に、恒松祐里、中村ゆりか、福地桃子、浅川梨奈、畑芽育、井本彩花、小林由依ら「次世代のブレイク女優候補が揃っているから」とも言えるが、お世辞にも彼女たちの演技はうまいとは言えず発展途上の段階。
実際、「学芸会」なんてヤジも見かけるが、当作はうまい女優が演じるほど「笑わせてやろう」「この笑いをどうぞ」という鼻につくものになりかねない。その点、演技が発展途上であり、名前と顔すらあまり知られていない若手女優たちだから、極端なキャラクターを演じても鼻につかないのではないか。
そんな若手女優たちを動かす新進気鋭のクリエイターこそが、当作最大の強みだ。田辺茂範(劇団 ロリータ男爵)、矢島弘一(劇団 東京マハロ)、角田貴志(劇団 ヨーロッパ企画)、山田由梨(劇団 贅沢貧乏)、安藤奎(劇団 アンパサンド)、玉田真也(劇団 玉田企画)が週替わりで手がける脚本は、舞台巧者らしい会話劇の楽しさを感じさせてくれる。脚本家にしてみれば、「ブレイク前の若手女優だから、思い切った笑いを仕掛けやすい」という面もあるだろう。
コメディ漫画の実写化が難しい理由
当作の視聴率が芳しくないように、コメディ漫画の実写化は難しく、人々の笑いのツボにハマる確率は50%もないのかもしれない。紙やディスプレイに描かれたものは別次元の人間がすることだから笑いやすいのであって、生身の人間が演じることで現実感が出て、一気に醒めてしまうからだ。
また、どんなに才能のある俳優でも、若くしてコメディセンスに恵まれた人は少なく、「舞台経験を積みながら培っていく」という形がスタンダード。つまり、当作はコメディ漫画の実写化である上に、メインの女子高生たちを若手女優が演じるという二重のハードルがあった。そこに挑戦しただけでも、胸を張っていい作品だろう。
オムニバスのような作風だけに、今から見始めても遅くない。ハマるか、ハマらないかは、あなた次第。その意味では、「コメディ漫画の実写化が好きか嫌いか」を判別するリトマス試験紙的な作品とも言える。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)