本連載の前回記事では、ダイエット中の人に発生しやすい「どうでもよくなってしまう効果(What-the-hell effect)」について説明しました。これは、ダイエット中の人が高カロリー食品をたくさん食べてしまった後に、別の高カロリー食品を見せられると、その食品をさらに食べてしまい、全体的に見てかなり食べ過ぎてしまう現象のことをいいます。今回は、この現象がお金の使い方でも発生することを説明したいと思います。
お金の使い過ぎはいろいろな問題につながるので、多くの人は自分の自由裁量所得を意識し、欲しいモノがあれば、その範囲内で買えるモノを選んだり、他の支出を抑えたりするなどして、支出を管理されていると思います。また、例えば、「毎月3万円を貯金する」といった具体的な目標をたてている方もいるでしょう。
しかし、このような明確な目標を持っているにもかかわらず達成に失敗し、使い過ぎてしまうことがあります。それは、毎月3万円の貯金という明確な目標は、達成できれば「成功」、少し足りなかっただけで「失敗」という白か黒かの二択思考で判断されるからです。このときの失敗という判断からは強いネガティブな感情が生じます。もしも目標が「少しずつ貯金額を増やしていく」といった曖昧で段階的なものであれば、「成功」の焦点は貯金額に向けられるので、二択思考ではなくなり、失敗したという評価はされにくくなります。つまり、明確な目標の継続は難しいということになります【註1】。
自由裁量所得内で支出を抑えるという目標達成に失敗するとき
それでは、支出における「どうでもよくなる効果」の研究を見てみましょう。ソマンとチーマは、毎月一定額を貯金するという目標の継続に失敗する状況を分析しています【註1】。ソマンらは、この目標がそれまでは達成できたとしても、使い過ぎによる失敗が一度発生すると、「どうでもよくなる効果」が発生して、さらに使い過ぎてしまうと予想しました。
ソマンらの行った実験は次のとおりです。被験者には、自由裁量所得(月給から必要な支出を差し引いた額)の内、毎月一定額の貯金という目標を、これまでほとんど達成してきたこと、そして現在は月末であり、自由裁量所得の残額について香港ドルで1500ドル、500ドル、マイナス(使い過ぎ)のいずれか一つを想定してもらいました。続いて、異なるアーティストによる3つの音楽イベントのセット券(1500ドル、特典あり)の購入を友人から誘われており、被験者自身も関心があると想定してもらい、このセット券の購入意向を回答してもらいました。
その結果、購入意向は、自由裁量所得の残額がマイナスになっているときに最も高く、残額が500ドルのときに最も低くなりました。すでに自由裁量所得を使い過ぎて(残額がマイナス)目標達成に失敗している状況では、魅力的な商品の購入意欲を抑えられなくなる「どうでもよくなる効果」が発生し、さらに使い過ぎてしまうことが示唆されています。
クレジットカードに未払い額を発生させないという目標達成に失敗するとき
次に、クレジットカードの未払い残高の影響を分析したウィルコックスらの研究を紹介します【註2】。彼らは、自己統制力の高い人のほうが低い人よりも「どうでもよくなる効果」が発生しやすいと予想しました。
次のような実験を行っています。まず、被験者には銀行口座に1,000ドルの預金があること、および自分のクレジットカードについて、利用額上限が1,000ドルで未払い残高ゼロの状況、もしくは利用額上限が1,500ドルで未払い残高500ドルの状況を想定してもらいました。続いて、新しいiPhoneの購入を想定してもらい、499ドル(32GB)と399ドル(16GB)のどちらかのモデルを選択してもらいました。結果は、自己統制力が高い人の場合、未払い残高があるときのほうがないときと比べて、高額のモデルの選択が多くなりました。
この現象のメカニズムは次の通りです。自己統制力の高い人は、クレジットカードに負債を作らないという目標を立て、自分の支出に気を配ります。しかし、なんらかの事情により未払い残高を発生させてしまった場合、それはその目標達成に失敗したことになり、心理的に強い不快感を抱きます。この状況で、別に買い物の必要性が生じた場合、失敗の不快感からその目標の継続を放棄してしまい、「どうでもよくなる効果」が働いて、より高額のモノを買おうとしてしまうのです。
通常ならば、すでに負債があるわけですから、それ以上の支出は抑えようとするところですが、自己統制力の高い人は、目標と一致しない望ましくない行動を避けることを意識するほど、目標のロスをより強く感じるため、失敗した目標を放棄しやすい傾向にあるのです。
額面金額が大きいお札を使用が与える影響
最後は、お札の額面金額に着目したラグビルとスリバスタバの研究を紹介します【註3】。ラグビルらは、マーシュラらが示した研究結果を参考にして研究を展開しています。マーシュラらは、消費者は高額紙幣をなるべく使わないようにしたいと思っているので、総額は同じであっても、低額紙幣を複数枚持っているときよりも高額紙幣を1枚持っているときのほうが、いろいろな商品の購入意向が低くなることを発見しました【註4】。
消費者は様々な目標を意識的にたてますが、暗黙的、あるいは無意識にたてられる目標もあります。「高額紙幣はなるべく使わない」という目標は暗黙的かつ無意識に設定されるものです。なぜなら、いくら使いたくないと思っていても必要なときは使うので、絶対に達成しなければならない目標ではないからです。ラグビルらは、この目標が崩れた場合、より高額の購買が促進されると予想しました。
次のような実験を行っています。被験者に、謝礼として1ドル札を受け取る状況(額面金額が高い条件)、もしくは25セント硬貨4枚を受け取る状況(額面金額が低い条件)を想定してもらい、その謝礼を受け取るか、あるいはその謝礼でキャンディを買うかのどちらかを選択してもらいました。その結果、キャンディの購入を選択した被験者は、額面金額が低い条件では63%、高い条件では26%となり、額面金額が高いほうが少なくなりました。ただし、購入者のキャンディ購入額は、額面金額が低い条件よりも高い条件のほうが大きくなったのです。
つまり、消費者は額面金額が高いお金は使いたくないと思ってはいるものの、ひとたび使うと決めた場合は、「どうでもよくなる効果」が発生し、より多く支出してしまう傾向にあるのです。この実験では1ドルという小額紙幣を用いていましたが、この結果から、額面金額が高くなるほど支出額もより高額になることが示唆されています。
以上の研究から、お金に関する目標を明確にしてしまうと、お金を使いすぎてしまうなど達成できなかったときの反動が大きく、自己制御力の低下や強い心理的不快感が生じ、さらに使い過ぎてしまうことが明らかにされています。ダイエットと同様で、「使わない」「買わない」といった抑制ではなく、節約できたことや貯金できたことを褒めるようなポジティブな捉え方をすると、「どうでもよくなる効果」の発生を抑えやすくなると思います。また、高額紙幣を使うときは、支出額が必要以上に大きくなっていないか留意するといいでしょう。
(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)
参考文献
【註1】Soman. D. and A. Cheema (2004), “When Goals Are Counterproductive: The Effects of Violation of a Behavioral Goal on Subsequent Performance,” Journal of Consumer Research, 31 (1), 52-62.
【註2】Wilcox, K., L. G. Block, and E. M. Eisenstein (2011), “Leave Home Without It? The Effects of Credit Card Debt and Available Credit on Spending,” Journal of Marketing Research, 48 (special issue), S78-S90.
【註3】Raghubir, P. and J. Srivastava (2009), “The Denomination Effect,” Journal of Consumer Research, 36 (4), 701–713.
【註4】Mishra H., A. Mishra, and D. Nayakankuppam (2006),” Money: A Bias for the Whole,” Journal of Consumer Research, 32 (4), 541-549.