住宅、「定額制」広がりで“所有”から“利用”への流れ加速

「Gettyimages」より

定額制のタイプ


 音楽や映像配信の世界では当たり前になっている「定額制」(サブスクリプション)が、リアルの世界でも急速に普及している。例えば、高級時計やブランドバッグ、自動車の定額制利用サービス、飲食店や美容室の定額制利用サービスなどがあるが、最近になり、住居や宿泊サービスなど不動産分野でも登場している。不動産分野で定額制は根付くのだろうか。

 定額制を導入する場合の狙い、タイプにはいくつかある。第1は、従量制では需要の発生に限界があるところを、会員は月額いくらかで視聴し放題などとすることで、需要を喚起しようというものである。供給者にとっては1単位当たりの値段は安くなるが、多くの需要者を獲得できれば採算が合う。消費者にとっては、多くを需要しようとする場合、1単位当たりの値段が割安になる。

 第2は、所有した商品ひとつしか利用できないよりは、そのときどきでさまざまな銘柄(ブランド)を使いたいという需要がある場合、その商品の定額サービスが成り立つことになる。高級時計やブランドバッグ、自動車などがその代表で、定額料金で一定範囲の銘柄から利用できるというサービスがその典型である。供給者は商品のバリエーションを揃えた上、消費者に貸し出す必要が生じるが、会員を多数確保して貸し出し回数が増えていけば採算が合う。消費者にとっては、所有する場合の管理の手間などに煩わされることなく、使いたい時に使いたい銘柄を利用できるメリットがある。

 月額いくらかで、何種類かの洋服やスーツが、スタイリストのチョイスの下、消費者に届けられるサービスもこの一種である。この場合、消費者はいちいち店に出向いて洋服やスーツを選ぶという手間から解放される。

 こうしたサービスは、ずっと使い続けるのならば所有したほうが値段的に有利であるが、さまざまなバリエーションを管理や選択の手間に煩わされることなく、手ごろな値段で使いたいという欲求に応えるものとなっている。

 第2のタイプのより発展したかたちは、供給者が、消費者が持て余している高級時計やブランドバックを借り受け、それを定額制で供給するというものである。例えば、高級時計の「カリトケ」(クローバーラボ株式会社、大阪市)、ブランドバックの「ラクサス」(ラクサス・テクノロジーズ株式会社、東京都港区)などがこうした仕組みを取り入れている。この場合、供給者は自ら所有することなく、商品のバリエーションを増やせることになる。定額制サービスの供給者は、その商品を使いたい消費者が一定期間使用できるようにするための仲介の役割を果たすことになる。

 第3は、店舗の稼働率向上を狙うものである。定額制サービスの供給者は、サービスを提供する加盟店を集め、消費者は定額でその店舗を一定回数、利用できるというようなかたちである。飲食店や美容室などでこのタイプがある。店舗にとっては通常のサービスよりは割安な供給になるが、このサービスに加盟すれば店舗の稼働率を上げることができる。

 消費者にとっては、割安な料金でそのときどきで好きな店や都合の良い場所にある店を利用できることになる。この仕組みでは、定額制サービスの供給者は、消費者のこうした需要と、稼働率に余裕がある店舗とのマッチングを行うかたちになる。これは先に述べた第2のタイプの発展したかたちと基本的に同じになる。

 第4は、消費者の来店を促すため、基礎的サービス部分を定額とするというものである。消費者が来店時に派生消費を行えば、供給者にとっては採算に合うことになる。例えば、コーヒーショップでのコーヒーの定額制、うどん店でのすうどんの定額制がこれに当たる。コーヒーショップではサンドイッチなど他の商品を購入すれば、うどん店ではすうどんに具材をトッピングするなどすれば、店側にとっては利益を確保できることになる。

住居、宿泊サービスの定額制


 最近出てきた不動産分野の定額制は、主に2つある。ひとつ目は、住居や仕事場として各地で利用できる施設を供給するというものである。IT系の職種など仕事場を選ばない人や、多拠点居住を志向する人などの利用が見込めればビジネスとして成り立つ。もっとも、そのような個人を会員として多く集めることには一定の限界があるとも考えられるが、法人会員を確保できれば、需要を補うことができる。そのような戦略で参入したのは、株式会社アドレス(東京都千代田区)である(2019年4月サービス開始、当初の利用可能施設は11カ所)。空き家を改修するなどして、今後、施設を増やしていく方針という。

 前述の第2のタイプの定額制では、供給者は初期時点で高級時計なら高級時計で多くの銘柄を揃えなければならない投資負担を負うが、不動産分野のこのタイプの定額制も同じ負担を負う。投資に見合った顧客を常に確保できるかどうかが、ビジネスとして成り立つかどうかの分かれ目になる。その点、高級時計やブランドバックでは、前述のように消費者が持て余しているものを借り受け、それを定額制サービスで供給するかたちも出ており、これは投資負担を軽減するものとして注目される。

 これに対し不動産では、施設として供給するためには、一定の条件を満たすために改修する必要があり、消費者の持て余しているものを単に需要者にマッチングすればよいというわけではないという点が、ビジネスとして成り立つためのハードルを高くしている。ただ、個人では、自分の住んでいる家を住んだまま、留守の時に集会スペースなどとして時間貸しすることで、一定の収入を得ている例もあり、これは定額制のビジネスモデルではないものの、不動産をマッチングにより、そのまま活用できる場合もあることを示している。

 不動産分野での定額制の2つ目は、ゲストハウスやホステルの定額制である。これは、前述の定額制の第3のタイプに近い。多くの施設に定額制で泊まれる仕組みをつくれば、稼働率向上につなげられる可能性がある。ゲストハウスやホステルですでに採算の取れる水準で稼働しているが、なお稼働率を上げたい場合に、定額制の顧客を確保することは有効になると思われる。

 これとは別であるが、最近は都心近くのゲストハウスで定額制を導入し、残業で終電を逃した時、あるいは繁忙期に通勤時間を節約して会社近くに宿泊したい時などの需要を確保しようとしている例もある。立地によっては、ひとつのゲストハウスだけで定額制を導入できる余地がある。

 一般の財、サービスに比べ、不動産分野での定額制の導入はより難しいと考えられるが、最近はさまざまなチャレンジが登場しており、今後の発展が期待される。近年の不動産の所有から利用への流れは、定額制というかたちでも進展しつつあるといえる。
(文=米山秀隆/シンクダイン研究主幹)