池江璃花子選手(写真:西村尚己/アフロスポーツ)
競泳女子の池江璃花子選手が12日、白血病を患っていることを公表した。来年の東京五輪では金メダルの有力候補と目されており、日本水泳界のみならず海外にも衝撃を与えているが、弱冠18歳の女性アスリートの勇気ある告白に、各界から応援の声が上がっている。
白血病は「血液のがん」と呼ばれ、難病というイメージが強いが、近年では若い世代で白血病を発生した人のうち7割以上は治っているとされる。また、JALSG(日本成人白血病治療共同研究グループ)のHPによれば、日本における白血病発生率は2009年では年間人口10万人当たり6.3人(男7.8人 、女4.9人)となっており、骨髄性白血病が喫煙と関連があるために喫煙者の多い男性に多いという。
白血病という病気について、血液内科医で元東京大学医科学研究所特任教授の特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長、上昌広氏に解説してもらった。
上昌広氏の解説
メディアでは、『「白血病」治療のカギは“早期発見”』、『池江は現在入院中担当医師「早期の発見だった」』などの報道が目につく。
厳密に言うと、これらは医学的には誤りだ。白血病は血液の病気であり、血液は全身を循環する。胃がんなど固形がんのように1カ所で病変が生じ、全身に転移するものと違う。早期発見や手遅れという概念はない。
白血病治療の予後を規定するのは、遺伝子や染色体の異常に基づく分類だ。早期診断か手遅れかという議論は、そもそもない。池江選手に関して、遺伝子や染色体の異常についての情報は公開されておらず、彼女の予後がどうなるか予断は許さない。
私が気になるのは、1月13日に都内で実施された競技会で、自身の日本記録から4秒以上遅れたこと。18日からのオーストラリア合宿で、練習中に激しく肩で息をするなど異変が見られたといわれる点だ。おそらく、この時期に白血病による貧血が進んでいたのだろう。決して早期診断ではない。
白血病の恐ろしいのは、突然死することだ。もっとも多いのは出血だ。特に脳出血は危険だ。2000年に急性前骨髄球性白血病で亡くなったアンディ・フグ選手がそうだったといわれている。
池江選手の場合、脳出血による突然死を防いだという点では「早期診断」といえなくもない。ただ、貧血が顕在化するくらいだから、血小板も減っていたはずだ。出血しなかったのは、単に幸運だった可能性が高い。
私が不思議なのは、池江選手のような一流の女性アスリートが定期的に血液検査を受けていなかったと考えられることだ。貧血は競技成績にダイレクトに影響する。男女を問わず、筋肉量が多いアスリートは貧血になりやすく、生理による出血がある女性はなおさらだ。最近は定期的に血液検査を受けるアスリートも珍しくない。精度は落ちるが、採血をしなくてもヘモグロビンの濃度が測定できる「アストリム」などの非観血的測定装置もある。選手やスタッフがやる気になれば、容易に実施できる。
もし、池江選手がヘモグロビン濃度をチェックしていれば、1月の時点で本当の意味での早期診断ができていた可能性がある。白血病はもっとも進行が速いがんだ。数日の遅れが命取りとなる。逆に数日診断を早めるだけで、出血のリスクを相当減らすことができる。
多くの人が池江選手の一刻も早い競技復帰を願っているが、医学的に一般的な事例と照らし合わせた場合、東京五輪は難しいかもしれない。焦らず完治させて、2024年の五輪を目指してほしい。
一方、スポーツ界は今回のことをきっかけに、女性アスリートの健康問題、特に貧血問題に取り組んでもらいたい。定期的な血液あるいはヘモグロビン検査の導入を検討してはどうだろう。
(文=上昌広/医療ガバナンス研究所理事長)
