リクシル本店(「Wikipedia」より/Rs1421)
LIXILグループは10月31日に会見を開き、瀬戸欣哉社長兼CEOが来春に退任し、後任の社長に社外取締役の山梨広一氏が就任し、潮田(うしおだ)洋一郎取締役会議長が会長兼CEOに就任すると発表した。潮田氏は創業家出身で、同社内で大きな意思決定権を行使している。同社では瀬戸氏の前任だった藤森義明氏に続いて、「プロ経営者」が短期での実質更迭となった。
創業家が資本の保持だけでなく経営にも大きく関与している場合、招聘されたプロ経営者は機能しにくい場合がある。退任する瀬戸社長の本音はどんなものだろうか。
また、直接経営に乗り出すことになった潮田氏だが、この機会に同社はオーナー経営型を続けたほうがよいのではないか。
業績が下降すると退任を迫られる、それが雇われ社長の辛さ
瀬戸氏の退任発表の前触れとなったのが、10月22日にLIXILグループが発表した今期業績の下方修正だ。2019年3月期の連結純利益(国際会計基準)が前期比97%減の15億円に、事業利益が前期比40%減の450億円(従来予想は850億円)となると修正した。また、今期4-9月の上期決算では86億円の純損失が発生した。
10月31日の社長交代会見で潮田氏は「決算が原因ではまったくない」と話したが、そんなことはないだろう。
業績の下方修正を受けて、10月22日には2062円を付けていたLIXILグループの株価は翌日1737円へと16%も下落した。ちなみに、10月31日の会見により株価は同日の1780円から11月1日は1530円と一段下げとなった。この社長交代が市場ではネガティブ要因としてとらえられた。
瀬戸氏が社長に就任した16年6月15日の前日の株価は1810円。就任後、今年1月の高値(3255円)までに80%上昇したのだが、10月23日には1737円へと下落してしまった。瀬戸氏の社長就任時の株価を下回ってしまったことから、現在でも大株主である潮田氏がそこで見切ったものと私は見ている。
思い起こせば、瀬戸氏の前任だった、藤森氏の社長交代劇もドライというか、苛烈だった印象がある。藤森氏は、ドイツの水回り設備会社のグローエを買収するなど、海外戦略を加速させた。しかし、15年にグローエの中国子会社が不正会計を行っていたことが発覚し、660億円の損失が発生すると、その年の暮れには藤森氏の社長退任、瀬戸氏の就任が発表された。
藤森氏は辞めるつもりはさらさらなかったと見られていた。その年が明けて、社長交代の発表会見に後任社長が出席しなかった(瀬戸氏はイギリスに滞在していた)という異例の事態は、直前に更迭が決まったことを物語っている。当時から取締役会議長で指名委員会委員長の潮田氏が断を下した。
上場会社でオーナー?
瀬戸氏は退任会見で淡々としていた。
「これからのLIXILをどうしていくかの方向性が違ってきた。潮田氏が違う方向を考えているのであれば、対峙するよりもそれをやってもらうことが一番だなと判断した」
瀬戸氏はまた、「ポジションを譲るのもプロ経営者」と話して、恬淡としたところを示した。3年ほど前に招聘され、今回は短期間の業績暗転で交代を要請された。そんな経緯なのに強い遺憾の念を持っていないように見えるのは、瀬戸氏にプロ経営者としての覚悟と矜持があるからだろう。
前任者だった藤森氏も日本GEの会長兼社長を経て、外部から招聘されたプロ経営者だった。そんな藤森氏でさえ実質解任されて自分にバトンが渡されたわけだ。自らの業績が上がらなければ、あるいは下がるようなことがあれば、当然自分にも同様な途が示されることは覚悟して就任したはずだ。
私はよく言うのだが、プロ経営者とプロ野球の監督は似ている。そのチームの戦績が振るわなければ、外部から新しい監督が招かれることがある。そして、多くの場合、数シーズンでまた次の監督にバトンタッチする。いってみれば、このような流動性が出てきたからこそ、プロ経営者も経営者市場に登場してくるわけだ。
さて、2人のプロ経営者の更迭を主導した潮田氏は、LIXILグループ内でどれくらいの「資本力」を擁しているのだろうか。
同氏はLIXILグループの前身であるトーヨーサッシを創業した潮田健次郎氏の長男で創業家の直系である。その持ち株数を見てみると、18年3月末現在で直接個人持ち株と、信託財産としての実質持ち株を合わせて、LIXILグループ発行済み株式の2.995%を保有している(18年3月期同社有価証券報告書より)。
上場会社における創業家持分としては、それほど大きいほうではない。例えば、出光興産が昭和シェル石油との合併を最近まで踏み切れなかったのは、創業家の出光家がほぼ3分の1を有していたからである。
創業家の潮田氏がCEOに復帰した理由
創業家が直接経営に乗り出さずに外部からプロ経営者を招聘して、その後に更迭した例として記憶に新しいのが、ベネッセホールディングスだ。日本マクドナルドですばらしい実績を残した原田泳幸氏を招聘した。しかし、2年後には実質解任された。
ベネッセの創業家は福武家だが、同家が直接あるいは信託銀行を経由して実質保有している株式は、同社の23.14%に上る(18年3月期同社有価証券報告書から筆者調べ)。大経営者といわれた鈴木敏文氏をセブン&アイ・ホールディングス会長職から解き、詰め腹を切らせた伊藤家の実質保有株は、同社の10%を超え、実質的に筆頭株主である。
出光家、福武家、伊藤家と比べ、LIXILグループでの潮田家の保有株式比率は小さい。しかし会社を上場しても、創業者あるいは創業家が強い意思決定権を保持しているケースは、実は枚挙に暇がない。たとえその保有株式数が少数だったとしてもだ。
たとえば、トヨタ自動車の豊田章男社長は創業者の豊田喜一郎氏を祖父に持つ御曹司とはいえ、豊田社長の持ち株比率は0.1%で、豊田家全体でも1%程度である。創業家といってもオーナーではない。それにもかかわらず豊田社長は実質オーナー社長のように受け取られている。つまり、上場企業となっても創業家は実質オーナーとしての威光を保つことが多いのだ。それらの会社は実質的にファミリー・ビジネスであるといえる。
潮田氏もこの程度の保有株式数でLIXILグループでキング・メーカーとして君臨できているのは、他にも理由がある。同氏は、同社で取締役会議長と指名委員会の委員長職を握っていたのだ。藤森氏も瀬戸氏も、潮田氏が実質招聘したのだが、創業家である潮田氏が委員長として指名委員会で提案したのだから、他の誰も異議を唱えることなど難しかっただろう。潮田氏は今回自らがCEOに復帰したので、指名委員会を退任した。
今回瀬戸氏を実質解任する前には、おそらく潮田氏は他の外部のプロ経営者を招聘しようと働きかけたのではないか。しかし、2人も招聘して解任という経緯を目のあたりにしたら、誰も受ける経営者などいなかっただろう。それで仕方なく自らがCEOに復帰することになったのではないかと、私は推測している。
潮田新CEOはLIXILをどこへ導く
プロ経営者側から見れば、横暴ともいえるガバナンスを発揮した潮田新CEOだが、経営者としての実績は実は十分にある。
潮田氏は前回、06年から11年までCEOとしてLIXILグループの経営に当たってきた。前述のとおり同社の源流はトーヨーサッシで、潮田氏が着任したときは社名がトステムであり、もうひとつ住生活グループという会社も率いていた。
10年ごろからM&A手法を繰り出し始めた潮田氏は、サンウェーブ工業、新日軽をたて続けに買収し、11年4月1日に傘下の事業会社のトステム、INAX、サンウェーブ工業、新日軽、東洋エクステリアの5社を統合した事業会社LIXILグループを発足させた。
このようにいくつもの会社をグループ形成の持ち駒のようにしてきた潮田氏にとって、自らが招聘したプロ経営者もやはり経営上の持ち駒のように考えているのではないか。
さて、潮田氏が会長兼CEOとして復帰したので、同社の取締役たちは戦々恐々としているのではないか。実際、10月31日の記者会見では、潮田氏と退任する瀬戸氏と並んで、社長兼COOに就任した山梨氏が出席していたのだが、同氏が自らコメントを述べることは少なかった。隣にいる潮田氏に遠慮したものと受け止められる。
実質オーナーが直接経営に乗り出すとなると、これ以上の求心力は望めないだろう。しかし、藤森氏を実質解任した15年末には、潮田氏はシンガポールに居住していると報道されていたのだが、今回CEOに着任した後はどうするのだろうか。フルタイムで経営に当たるのだろうか。
いずれにせよ、LIXILグループは新しく潮田体制で動き出す。潮田氏は「再びM&A手法も繰り出したい」と発表会見で語っている。同社のダイナミックな成長に期待したい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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●山田修(やまだ・おさむ)
撮影=キタムラサキコ
ビジネス評論家、経営コンサルタント、MBA経営代表取締役。20年以上にわたり外資4社及び日系2社で社長を歴任。業態・規模にかかわらず、不調業績をすべて回復させ「企業再生経営者」と評される。実践的な経営戦略の立案指導の第一人者。「戦略策定道場」として定評がある「リーダーズブートキャンプ」の主任講師。1949年生まれ。学習院大学修士。米国サンダーバードMBA、元同校准教授・日本同窓会長。法政大学博士課程(経営学)。国際経営戦略研究学会員。著書に 『本当に使える戦略の立て方 5つのステップ』、『本当に使える経営戦略・使えない経営戦略』(共にぱる出版)、『あなたの会社は部長がつぶす!』(フォレスト出版)、『MBA社長の実践 「社会人勉強心得帖」』(プレジデント社)、『MBA社長の「ロジカル・マネジメント」-私の方法』(講談社)ほか多数。
