ドイツの首都ベルリンに本社を構えるヒア
フェイスブック、アップル、アリババ、バイドゥ、はたまたドイツ自動車連合か……。
Here(ヒア)――日本はもとより、海外でも一般の人には馴染みの薄いこの企業。実は、世界最大の地図メーカーだ。元々、フィンランドの電気通信機器メーカー・ノキアが、ドイツ・ベルリンで創業したベンチャー企業のゲート5とアメリカの大手地図メーカーのナブテックも買収し、社内プロジェクトとして次世代型の地図情報サービスの開発を始めたもので、その後ノキアの子会社として独立した。
そのヒアを、いったいどの企業が買うのかと、IT業界や自動車産業界で大きな話題となっているのだ。
世界三大地図メーカーといえば、ヒアを筆頭に、オランダのトムトム、そしてグーグルである。トムトムは簡易型カーナビのPND(パーソナルまたはポータブル・ナビゲーション・デバイス)の大手で、2007年に地図情報ベンチャーのテレアトラスを買収した。現在はアップルのスマートフォン・iPhoneに地図データを供給している。グーグルは衛星画像処理関連の企業を買収するなど、グーグルアースやグーグルマップ等の地図サービスをインターネット上で提供している。
カーナビゲーションに関する地図では、日本や中国等の一部地域を除き、ヒアの世界市場占有率は8割以上とされる。ヒアの売り上げのうち、半分程度が自動車メーカーや自動車部品メーカーへの販売によるものだ。また、ヒアはアマゾン、ヤフー、マイクロソフトに地図情報を販売している。
ロケーションクラウドというビッグデータビジネス
ヒア本社の車載用ナビゲーション試験装置
筆者は14年9月、情報通信関連のドキュメンタリー映像作品の企画および番組進行役として、ヒアのベルリン本社を詳しく取材した。その中で、同社がただの“地図屋”ではないことを痛感した。
ヒアは自社の地図情報サービス事業を「ロケーションクラウド」と呼ぶ。クルマやスマートフォンを通じて収集される利用者の位置情報をビッグデータとして分析し、付加価値を持たせるのだ。
ロケーションクラウド事業の構成は、大きく3段階に分かれている。まず実走による高精度地図の製作だ。レーダーレーザーとカメラを車体の屋根に装着した車両を約150台導入し、世界中の道を実際に走行してデータを収集している。次に、各国の行政機関等から得た交通信号、標識、道路面の表示、道路面の傾き等の基本データを、自社で構築した高精度地図の上に加えていく。
ヒア本社の中庭の壁に描かれた世界地図
そして最後に最も重要なのが、ヒアが「ライブロード」と呼ぶ車両の走行データ解析だ。これはGPS等の通信衛星を通じた位置情報だけでなく、アクセル開度、ブレーキによる減速度、ハンドルの切れ角等、ドライバーの運転データを指す。ヒアは旧ナブテック時代を含めて、ドイツ系自動車メーカーおよびドイツの大手自動車部品メーカー・コンチネンタル等を通じて、こうした車両走行データを収集する権利を得ている。
実際に筆者はヒア本社内でこうしたビッグデータの解析現場を見て、同部署の関係者から詳しい説明を受けている。
ロケーションクラウドについて、同社幹部は次のように語る。
「アマゾン、マイクロソフト、グーグルと同列のクラウドビジネスだ。その上で弊社は自動車産業とのつながりが強いことを最大限に生かし、今後は自動車関連のビッグデータ事業を拡大させていく」
なおノキアは13年、マイクロソフトに携帯電話事業を売却している。
自動車産業全体がIoTの一部に
巨大ビジネスへと成長を続けるヒア。それが今、売りに出されているのだ。そうなれば、IoT(Internet of Things/モノのインターネット)というくくりの中、自動車関連事業者だけでなく、大手IT企業や通信インフラ企業、さらには投資ファンドがヒアへ触手を伸ばすのは当然だ。
また、欧米経済メディアの報道では、BMW、ダイムラー、フォルクスワーゲンによる「ドイツ自動車連合」として、ヒア買収の動きもあるという。
株価総額で2000億円程度のヒアだが、14年売り上げは前年比6%増の約1200億円。「少なくとも株価総額の倍額での売却が妥当」(欧米経済メディア)と目されている。
今回のヒアの争奪戦は、自動車産業全体がIoTの一部へと転換する大きなキッカケになるだろう。
(文=桃田健史/ジャーナリスト)


