大手出版社KADOKAWAが、インターネット通販大手アマゾンジャパンと書籍や雑誌の直接取引を始めている。従来は取次といわれる日本出版販売やトーハンなどの卸を経由して、アマゾンに書籍や雑誌を卸していた。このKADOKAWAの施策は、差別化として他出版社に優位に機能するだろうか。KADOKAWAの書籍
そもそも差別化が機能するには、以下の3つの要素が必要である。
(1)顧客に「有意差」を感じさせること
(2)簡単に真似されない差別化を実現すること
(3)次から次へと差別化を実現すること
差別化を感じるのは「企業」ではなく「顧客」である。だから、企業が「この施策は差別化できている」といくら言っても、顧客がそれを他企業の施策と比較して「有意差」=「意味のある差」として感じないと、差別化は機能しない。
顧客にとっての有意差
では、今回のKADOKAWAの施策は、顧客にとって有意差があるものだろうか。
取次を経由しなければ、その分KADOKAWAからアマゾンへ書籍や雑誌が早く届くだろうが、既刊の場合、もともとアマゾンに在庫があることも多い。なので、バックヤードでKADOKAWAとアマゾンの連携が進んだとしても、顧客の目からみればサービスレベルはあまり変わらない。だから顧客は有意差を感じないだろう。
もっとも、人気のある新刊が出た場合、アマゾンにとっても顧客にとってもメリットはある。アマゾンは在庫リスクを考え、他の書店と比べれば数量は多いものの、新刊の納入量はある一定程度しかないからだ。そのため、人気のある新刊が出た場合、たいてい発売から数日で在庫切れを起こし、1週間程度それが続くこともある。著者や出版社からしてみれば、せっかくの販売機会をロスしていることになるし、それはアマゾンにとっても同様である。
よって、人気のある新刊が出て、在庫がなくなり販売機会を逸している場合は、今回の連携はKADOKAWAにとってもアマゾンにとっても、そして顧客にとっても「意味のある差」になるだろう。しかし、このような連携はないよりあるほうがもちろんよいのだが、顧客にとって「有意差」を感じさせるかというと、限定的であるといえる。
KADOKAWAにとって差別化になるのか
一方、簡単に真似されない差別化かどうかという観点ではどうだろうか。
これはKADOKAWAに追随する出版社が現れるかどうかで決まる。既存の取引関係を崩すのは、出版社にとっても覚悟のいることであり、そう簡単に判断できない。だから、同社に追随する出版社が現れなければ、簡単に真似されない差別化ということになり、同社の今回の施策は、差別化として機能し続けることになる。
しかし、出版社のうち数社が同じように取次を経由しないという決断をすれば、おそらく雪崩を打つように多くの出版社が追随するだろう。そうなると、簡単に真似される差別化ということになり、今回の施策は差別化として機能しないことになる。したがって、この施策が差別化として機能するかどうかは、多くの出版社が取次を経由しないという意思決定をするかどうかで決まることになる。
今回の施策は、KADOKAWA側からみれば取次の中抜きということになるのだが、アマゾンからみれば取次機能の内製化ということになる。取次も高い在庫機能を持っているが、アマゾンも同様なので、アマゾンからしてみればKADOKAWA以外にも直接取引をする出版社を増やし、取次機能を内製化していきたいという考えなのだろう。
それにしても、こういう施策を打てるアマゾンはすごい。というのも、取次業界2強の日本出版販売、トーハンとアマゾンは、取引関係を持っているからだ。アマゾンにとって取次は、パートナーであると当時にライバルでもある。言い換えれば、アマゾンは右腕で取次と握手をし、左手でケンカをしているようなものである。
したたかなアマゾンの戦略
では、なぜアマゾンにこういう施策ができて、他の書店にはできないのだろうか。
それは、出版業界の構造に原因がある。出版業界は、出版社→取次→書店という流通構造で顧客に書籍や雑誌が届けられる。それぞれの売上高を見ていくと、出版社上位の講談社、集英社、小学館が1000~1200億円。取次は寡占状態にあるので、上位の日本出版販売やトーハンが5000~6000億円、書店上位の紀伊國屋書店や丸善が1000億円前後である。
つまり、(1)中堅企業が集まる出版社、(2)寡占状態なので大企業の取次、(3)中堅企業が集まる書店という構造になっているので、流通の支配権は大企業の取次にあった。
しかし、アマゾンは書籍部門の売り上げは明らかになっていないものの、12年の国内売上高は約7800億円。取次大手とも十分な交渉力を持てるだけの企業規模だといえる。
今回の施策をKADOKAWA側からみると、差別化として機能するかどうかはまだ判断できないが、アマゾン側からみると、取次をコントロールしながら自社に優位な取引を拡大していく意味のある施策になるといえるだろう。
新聞や雑誌である施策が取り上げられている時には、その論調とは立場を変えて考えてみるとよい。今回の場合は、KADOKAWA寄りの立場で解説される報道が多いが、それをアマゾン寄りの立場で考えてみるのだ。立場を変えて考えることにより、その施策は誰にどのような意味があるのか、新たな発見をすることができる。
(文=牧田幸裕/信州大学学術研究院<社会科学系>准教授)